マルチメディアパフォーマンス

 ART LiVEの活動

  (映像メディア表現の新たな展開)
神奈川県立弥栄高等学校 http://www.yaei-h.pen-kanagawa.ed.jp/
教諭 米山 肇
 
  はじめに
 近年コンピュータの急速な普及によって「映像メディア表現」を扱う授業が活発に行われるようになってきた。本校でも平成15年度より画像処理に優れたコンピュータとソフトが新たに20台導入され、静止画像処理、アニメーション、動画編集など授業の中で積極的に取り入れ始めたところである。特に動画制作に関しては、ビデオの場合1秒間に30コマ必要とされる画像処理をコンピュータが瞬時にやってくれるので、アニメーションの授業が時間的に現実可能になってきた。現在、授業では文字や絵を動かして作る「モーションタイポグラフィー」や「モーショングラフィック」、青い背景(ブルースクリーン)による静止画、動画の「クロマキー合成」などの実習をしている。またPTAの広報誌の表紙や学校行事のポスターなどはほとんど静止画ソフトの処理によって作られたデータで印刷会社に入稿している。
 そして、こうしたパソコンを使った授業、それ以外の活動も含めたそれぞれの成果を結集して、一つの場に発表するイベントを企画した。アートイベント「アートライブ」は「映像メディア」の持つメッセージを運ぶ「媒体」としての役割やその他のメディアを結びつける「接着剤」としての機能を最大限に発揮する。
 そもそも[アートライブ]とは、文化祭の発表のために集まった学年・クラスを越えた有志で構成されており、テーマに沿って制作された映像を背景に、生演奏、歌、ダンス、バレエ、ファッションショー、ボディーパーカッション、詩、書、イラストなどの演技や作品が一つの空間の中で複合的に表現されていく総合舞台芸術である。毎年多くのスタッフが集まり、今年は88名集まった。1年前から企画を練り夏休みをほとんど使って準備、制作、リハーサルが行われ、9月の文化祭期間中、視聴覚室で一般公開される。
 
  [材料と用具]
◆教師が準備するもの
画像処理に優れたコンピュータ20台(PowerMacG4:10台, e-Mac:10台)
スキャナー、デジタルカメラ、デジタルビデオカメラ、三脚
液晶プロジェクター(3000ルーメン以上)、ブルースクリーン(ベニヤ板をペンキで青く塗ったもの)
静止画編集ソフト(Photophop7.0)、動画制作ソフト(FLASH MX)、動画編集ソフト(Premirer6.5)、動画制作ソフト(After Effects 5.5)
照明機材(パーライト8基、ピンスポット、オーロラ、ムービングライト、レーザー、ミラーボール)、PA機材、マイク、マイクスタンド
◇ 生徒が準備するもの
テーマ、ストーリーボード、詩、ダンスやバレエの振り付け、衣装、化粧用品、
書、ステージデザイン、大道具、小道具、照明計画、ポスター、チラシ、DM、アンケート、プログラム、緊急連絡網、出欠表
 
 
● 実践の記録
10月(2002年)。チラシ、ポスターや授業などでのこのイベントを紹介してメンバーを募る。
申し込み用紙には希望分野(CG制作、衣装デザイン、モデル、演奏、ステージデザイン、照明、作品、広報等)とインターネットで写真を公開するための保護者の承諾の印がある。
12月。全体会議を招集して、総監督、各分野のパートリーダー、会計等を決めていく。
1月(2003年)。キーワードやテーマを募集して幹部リーダー会議の場で絞り込んでいく。
 ※今年のテーマは「五感」「クローン」で、なぜこのテーマを選んだのかその理由を分析していく。「五感」という感覚器官は何のためにあるのか?「クローン技術」なぜ必要なのか?生物の進化の歴史や現代社会の問題点、また現代科学の未来を見つめながらコンセプト練り上げていく。それを全体に説明した上でストーリーボード(絵コンテ)を募集し、それぞれのアイディアを総合的に一本の脚本にまとめ上げていく。
 ※今回のストーリーは「お金はないが心優しいサラリーマンが『惑星クローン百万年光年宇宙の旅無料ご招待』というメールを受け取り『宇宙船ノア号』に乗って、崩壊寸前の地球から脱出していく。宇宙船内では機内食サービス、エンターテーメントショウなどが繰り広げられ、『現実を忘れ快楽だけの星、クローン星に永住しませんか?』という甘い誘惑が仕掛けられてくる。エンターテーメントショウのためにクローン星から呼び戻された歌姫の少女から『あなたはクローン星にいってはいけない。』と告げられ、リンゴを受け取る。すると宇宙船はシステムエラーを起こし、コントロール不能になり、ある星の南の島へ墜落してしまう。さてここは地球なのか?クローン星なのか?」というSFもので「キャッチセールス」「ノアの方舟」「環境破壊」「核兵器」「飽食」「拉致」「楽園からの追放」などいろいろなイメージから発想されたものになっている。
 この脚本作りがとても大変で、何回もミーティングを開き討論を重ねていった。しかし、この作業が一番大切で、このパフォーマンスがアートになるかならないかの分岐点になってくる。
4月。新入生スタッフを追加募集する。
5月。仮のストーリーボードを発表、演出アイディア募集
 ※最初の演出アイディアでは数個の箱の中からモデルが登場するというものがあったが、予算面と労力の問題でキャスター付きのテーブルの上に乗って登場し、紙で作った偽の食べ物を乗客にサービスする方法に落ち着いた。そして背景のCGは食べ物を選ぶメニューの文字とアイコンが飛び回り、モデルがスパゲッティーを食べているシーンが大写しされる。本格的な演出は8月ころCGが出来上がった時点で再計画されていく。
6月。衣装デザイン分担、モデルスカウト、採寸
※ ファッションショーは4部に分かれ、それぞれ「飢餓」「環境破壊」「飽食」「トロピカルフラワー」テーマで構成されている。デザインの色や素材はテーマごとに統一されるよう話し合いがなされている。一人2着以上つくり、自分以外にモデルをスカウトして着てもらっている。
  モデルの演出は衣装をデザインした代表者が担当していく。
7月。最終のストーリーボードを発表。ボーカルオーディション、キャスティング、作曲。
※ 音楽は市販のものを使いがちだが、最終的にビデオ編集してコンテスト(東京ビデオフェスティバル等)に応募するのでオリジナル曲を作曲した。またこの作品のデータはインターネットで公開していくので著作権の問題を考えると100%オリジナル作品の方が好ましい。ストーリーボードから12の場面が設定され12曲を作曲していった。
※ 演奏者にはデモテープと楽譜が配られ個人練習をする。
※ CGは曲のリズムとメロディーに合わせながらイメージを作っていく。
 ステージデザイン制作、スタッフ出演者写真撮影、ウォーキング練習、メイク
 の研究、ポスター、DM制作、出演者衣装制作、CG制作。
 ※メイクは舞台用に少し強めにしないといけないので随分と試行錯誤を繰り返
  した。テーマごとに色やポイントを統一していく。
ロケ撮影、大道具、小道具制作、リハーサル、ビデオ研修
※ ビデオ研修はアートパフォーマンス(ローリーアンダーソン、ダムタイプ、ローサス)、ミュージックビデオ(アンダーワールド、宇多田ヒカル)、ファッションショー(パリ、ミラノ、ロンドンコレクションなど)、ビジュアルジョッキー(音に合わせて映像を切り替えていく作品)、映画(寺山修司、手塚眞、クエイ・ブラザース)など様々な作品のエッセンスを全員で吸収し、マルチメディア・アートパフォーマンスのイメージを作り上げていく。
8月。ロケ撮影、CG制作、リハーサル、照明計画、モデル演出、ダンスとバレエの練習、メイキングビデオ撮影、広報活動DM発送(ギャラリー、新聞社、テレビ局、教育委員会)、特設ビデオブースでの宣伝(相模原市民ギャラリー、女子美術大学美術館)
 ※ロケは校舎内外、駅周辺、電車の中、交差点、市立博物館などで行われた。
 ※メイキングビデオ撮影はビデオ編集作品の最後にスタッフロールと一緒に収録される。また来年のスタッフのための参考資料ともなる。
 ※将来的にはこの発表は文化祭だけに留まらず、校外公演もやっていきたいと
 考えているので、今のうちから地域社会に働きかかけをしている。
9月。プログラム、チケット、アンケート制作、リハーサル。
※ ここでのリハーサルは一回の通ししかできないので、各パートリーダーがそれぞれ指示を出して最終の全体の動きを確認していく。
 
 

 914日、15日本番

ART LiVE 03  5 Senses Travelers

 

シーンの名称

(曲名)

演奏楽器

場面の内容

CGの内容

五感

 1

Opening

ピアノ

バイオリン

雑踏シーンの中に詩がテロップで流れる。

 

交差点の真ん中にたたずむ少女を助けようとするお金のないサラリーマン。

当選メールを受け取り空港に向かう。

駅前で撮った雑踏の色を変え、スローにして文字を重ねる。

交差点と少女をクロマキー合成で重ね、色を変える。

携帯電話の画面に動画をはめ込む。

 

 2

5 Senses Travelers

ボーカル

コーラス

ピアノ

バイオリン

サックス

トランペット

ゲートをくぐり抜けたサラリーマンが会場に登場してスクリーンの前の席につく。スチュワーデスによって機内サービスやツアーについて案内を受ける。視聴覚室全体が飛行機の内部になっていて、観客も搭乗者の雰囲気になっていく。

実際の飛行機の機内を撮影したものにスチュワーデスとスクリーンを合成していく。あたかも会場が飛行機の機内になっていく。

 

 3

Take Off

ピアノ

バイオリン

サックス

校舎から飛行機が垂直に発射される。

スモークをたいて演出。

校舎と飛行機をフラッシュでアニメーション化。

 

 4

Destroy World

ボーカル

コーラス

ピアノ

バイオリン

サックス

トランペット

地上で起きているニュースをファッションショーで表現。

核弾頭ミサイルが誤射され世界中が破壊されていく。食料が不足し飢餓が生まれる。

新宿のビルの写真とミサイルをアニメーション化。アフターエフェクトのシャッターでビルの爆発を表現している。

 

 5

Snow Flower

ピアノ

バイオリン

サックス

崩壊をテーマにしたファッションショー。英語のナレーションや文字には「核兵器を使った戦争では勝者をおらず、全ての人が敗者になる。」というメッセージが隠されている。

死の灰、または雪をアフターエフェクトで降らしている。

 

 6

飽食の女王

ボーカル

コーラス

ピアノ

バイオリン

サックス

トランペット

機内食のファッションショー。紙でできた食べ物をサーブする演出。女王は台車に乗って登場。台所用品を使ったキッチンパーカッションも楽しい。

メニューのアイコンや文字が飛び回る。スパゲッティーを食べる映像を色加工している。

味覚

 7

Light Dance

ダンス

コーラス

ピアノ

バイオリン

サックス

トランペット

音と光のリズムに合わせダンスショーが披露される。クリックすると脳の記憶が抜き取られクローン星の脳畑に移植されてしまう。天使たちが水をまいて管理している。

音楽のリズムに合わせてアニメーションを制作。天使と脳畑は合成。詩もアニメーションで作っている。

視覚

 8

Silent Heart

ボーカル

ピアノ

バイオリン

サックス

トランペット

クローン星に拉致された歌姫が一旦自分の体に戻って歌う。自分の過去がここで明かされていく。そして歌うことの喜びを取り戻していく。

博物館に何度も足を運び撮影をした。ミュージックビデオ風に実際の人物と重なるように作られている。

聴覚

 9

Rewind

ピアノ

バイオリン

サックス

トランペット

ボディーパーカッション

サラリーマンの記憶が抜かれようとしている。その中で原始のぬくもりの記憶が蘇ってくる。

「あそに行っては行けない」と歌姫が手を差し延べる。その手をつかむとシステムエラーが発生し墜落していく。

生命の進化の過程と墜落していく飛行機のアニメーションを制作。一番のクライマックスシーンなので効果音を加え、臨場感を高めている。

触覚

10

南風

ボーカル

コーラス

ピアノ

バイオリン

サックス

トランペット

南の島へ不時着。気がつくと少女が手を差し延べ、二人で海岸に立っている。トロピカルな花をテーマにしたファッションショーが二人を迎える。果たしてここは地球なのか?

リズムに合わせトロピカルなアニメーションを制作。フィジーの映像と実写を合成している。

花のスプレーをわずかにまく。

臭覚

11

Angel Song

ボーカル

バレエ

コーラス

ピアノ

バイオリン

サックス

空を舞う天使の映像を背景にボーカルとバレエが登場。「一人ではできないこともみんなでやれば何でもできる」というアートライブのコンセプトを歌い上げてフィナーレを迎える。

センターのボーカルの影に翼がはためくようにアニメーションを製作。バレエの影もうまく混ざりとても美しいシーンになった。

 

12

Ending

BGM

出演者は全員手を繋いで

舞台挨拶をする。

フィジーの

映像にスタッフロールを重ねる。

 

 

 

モデルは出口に立って

お客さんを見送る。

 

 

   
 




※感想
 文化祭の二日間に渡って長蛇の列ができ、30分並んでも見ることができず、次の日にもう一度1時間ならんでやっと見ることができた方もいて、120人定員の視聴覚室が200人以上の熱気でいっぱいになった。40分間の公演はあっという間に終了した。アンケートの中の「鳥肌が立った」というフレーズは一番うれしい褒め言葉である。1年掛かりの準備と夏休みの集中的な追い込み、参加した生徒はとにかく忙しい毎日だったけれど、この大規模な共同作業プロジェクトを通じてほかでは得ることのできない貴重な経験した。観客と制作者、その場にいた人々の共通した感動の空間を味わう忘れがたい体験をしたと思う。そしてこの体験とリーダーシップは、将来ほかの場面でも応用ができ、新たな創造性を生むきっかけを作り出していく。

 

  ※反省 
 今年も脚本ができるのが遅れ、それによってすべての計画が狂っていく、特に今年はCGの取りかかりが遅れ、かなり大変な作業状況になってしまった。このことが今年の最大の反省点。生徒はその教訓を胸に、本番が終わった翌月からメンバーを公募し、一部では脚本の草案造りがもう始まっている。「自分達で作り出していくのだ」という意識が高く持続されているのはとても喜ばしい。そもそもこのプロジェクトの目的はみんなでアイディアを出し合い、それをいかに現実化させていくのか、様々な方法を探り出し、共同作業で作り上げていくことである。
その意味では、一歩一歩経験を積んだメンバーが答えを見つけ出そうとしていることに大きな成果を感じる。今後もそれぞれの生徒の素材や自主性を大切にして指導していきたい。
 
 

まとめ
 CG(映像)はストーリーに沿うことはもちろん、出演者の動きや影の映り方を計算しながら作っていかなくてはならない。あくまであらゆるメディアを結び付ける役割として舞台空間をリードしていく。ストーリーを語り、言葉を動かし、出演者の虚像と実像を照らし、音楽は光のリズムを奏でる。
 こうして一人一人の小さな力が一つの空間の中で結集され、大きなエネルギーとなって放たれたメッセージは見るものに強烈な衝撃を与える。まさに今回の生徒が考えたテーマ「五感」がこのステージに散りばめられている。映像メディアのこのような活用の仕方で新しい芸術のスタイルが生まれようとしている。この興奮は、生徒にとっても新鮮でやり甲斐のある活動である。
 しかし、今の段階ではほとんどが授業以外の休み時間や休日を使っての活動で、楽しいけれど忙しすぎるというのが現状である。将来的にはこの活動を授業として位置づけたいと思っているので、学校設定科目「マルチメディアアート」として申請する予定である。
 詳しい画像データは弥栄東高等学校とアートライブのホームページを御覧下さい。
http://www.yaei-h.pen-kanagawa.ed.jp


http://www.artlivers.com/artlive
注:ART LiVEのiは「私」「愛」という意味が込められています。

 

 

 尚、この文章は16年度教科書「美術U」(光村図書)指導書の中で実践例として掲載されています。